運用会社の生命線たる「運用報酬」の変遷と攻防!

外資系アセマネの現場から

先日、公正取引委員会がビール類の出荷価格に関するカルテルの疑いで、大手ビールメーカーへの強制調査に踏み切ったというニュースが大きく報じられました。近年、こうしたカルテルや価格協定の疑いによる立入検査の報道を目にする機会は少なくありません。

少数の企業が市場を支配する「寡占かせん市場」では、競争が働きにくく、企業同士が不当に価格を取り決めるカルテルが発生しやすいと言われています。

翻って、資産運用業界の市場構造はどうでしょうか?

結論から言えば、資産運用業界はビール業界とは対照的に、極めて激しい競争市場です。その何よりの証拠に、運用に関する手数料(運用報酬・信託報酬)は、年々低下の一途をたどっています。価格競争が健全に機能している証左とも言えるでしょう。

本記事では、資産運用業界における手数料(運用報酬)の最新動向と、なぜここまで引き下げ競争が起きているのかという背景について、分かりやすく解説します。


この記事でわかること

  • 運用会社の生命線でもある運用報酬の体系と、過去から現在に至るまでの劇的な変化について、その背景にある歴史的事象とともに解説します。

  • ETFの普及やAIの進化が運用報酬に与える影響と、これからの時代に運用会社が生き残るための「オルタナティブ(代替資産)運用」へのシフトという最新潮流がわかります。

  • 運用会社への就職や転職を考えている人にむけて、今後の資産運用業界の将来性や収益性を見通すうえでのヒントとなる情報をお伝えします。

運用会社は顧客の資産を運用する対価として報酬を受け取ります。その名称は契約・商品形態によって異なり、投資一任契約であれば「投資顧問料(一任報酬)」、一般的な投資信託であれば、信託報酬の一部が運用会社の取り分※となります。

報酬体系は、大きく分けて次の二つです。

  • 固定報酬(固定フィー):運用の成果に関わらず、預かっている運用資産の残高(AUM)に対して、あらかじめ決まった割合が毎日発生する(AUMに対して年率〇%)。
  • 成功報酬(パフォーマンスフィー):事前に決めた基準(ハードルレート)を上回る運用成績を上げた場合のみ、その超過部分に対して一定の割合が課される

一般的に運用スタイルには、日経平均やTOPIXなどの特定の指標(ベンチマーク)を意識する「相対収益追求型運用」と、ベンチマークを設定しない「絶対収益追求型運用」があります。投資手法の分類としては、前者が「アクティブ運用」と「パッシブ運用」、後者は「ヘッジファンド型」や「トータルリターン型運用」等があります。

株式や債券などの伝統的資産へ投資する運用では、アクティブ・パッシブを問わず、基本的には「固定フィー」が主流です。他方、ヘッジファンドやプライベートアセット(未公開株や不動産など)などのオルタナティブ運用では、高い成果に対するインセンティブとして、成功報酬制が導入されています。

※信託報酬における運用会社の取り分:投資信託等の信託報酬は、運用会社(委託会社)、販売会社、信託会社(受託会社)の3者で分け合っている。



運用報酬は運用会社にとっての生命線であり、収益の源泉そのものです。それゆえ、競合他社のみならず投資家(顧客)との間でも、あまり表舞台に出ないような激しい攻防が繰り広げられてきました。報酬体系が固定報酬の場合、収益は「預かり残高×報酬率(%)」という極めてシンプルな計算で決まります。したがって、このコンマ数%(数bps、ベーシスポイントと読みます)を競い合うのです。

日本の機関投資家ビジネスの歴史を振り返ると、1980年~90年代の資産運用業界はまだ「5・3・3・2規制」※の縛りがありました。このため運用会社が受託する運用も、複数資産を丸ごとパッケージで預かる「バランス運用」が一般的であり、そこにはアクティブ運用やパッシブ運用という概念すら意識されていません。競争も緩やかで、運用報酬率も比較的高いままであり、今思えば、とても牧歌的な時代でした。

しかし、90年代後半の金融ビッグバンを機に、潮目が大きく変わります。「国内株式はA社、国内債券はB社、外国株式はC社・・・」といったように、各資産のスペシャリストに資金を振り分ける特化型運用が主流となったのです。この結果、資産ごとに報酬率の相場がシビアに決まるようになり、運用会社は少しでも高い報酬率を得るためにアクティブ運用へ舵を切るなど、競合を強烈に意識せざるを得ない状況へと突入していきました


さらに、日本における運用報酬激変の決定打となったのが、強大な資産規模を誇る公的年金によるパッシブ運用の本格採用です。これに大きな商機を見出した国内外の信託銀行が、数兆円~数十兆円規模の資産受託を狙い、これまでにはない「超」低廉な報酬率を提示し始めたのです。信託銀行側からすれば「薄利多売でも、これだけの巨額資産を得られれば十分ペイする」という目論見だったようです。その時は、業界でもかなりの話題となりましたが、私が所属していたような「アクティブ運用を主軸」としていた運用会社にとっては、やや他人事のように捉えていました。

ところが、このいわば「価格破壊」の波はパッシブ運用だけにとどまらず、運用全般の報酬率低下に拍車がかかるようになりました。ちょうど同じ時期、旧国営の銀行や保険会社が民営化によって誕生し、その膨大な資産を武器に、強大なバーゲニングパワーを発揮、それまでには考えられない低水準、文字通り、桁違いの運用報酬が常態化することになりました。

運用報酬は本来であれば、運用会社と投資家との交渉によって決まるものですが、「交渉の余地もない」という現実に直面し、「ビジネスとは対等な関係である」という考えを叩き込まれていた私には、このあまりに明らかな強弱に戸惑う日々でした。

こうした激変により、グローバルな視点で見ると日本の運用報酬率だけが突出して低いという状況になってしまったのです。このため、一部の外資系運用会社では、あまりの報酬率の低さに海外本社が呆れ、「これ以上、報酬率を下げるな」という事実上の受託拒否の指令が下されるという事態まで起きはじめたのです。

このようにして形成された「超・低報酬」という日本の市場構造は、投資家にとっては「投資コストの引き下げ」という恩恵をもたらした一方で、運用会社が質の高いアクティブ運用やリサーチ体制を維持することを難しくするという、大きな課題を残したように思います。

※5・3・3・5規制:この規制は厚生年金基金の資産運用に対して,安全資産(元本保証資産)の比率を5割以上、国内株式の比率を3割以下、外貨建資産の比率を3割以下、土地等不動産の比率を2割以下にするというもの。年金という公的な性格をもつ資金が高いリスクをとることで損失を被らないよう、安全性を優先した資産運用を縛る目的から1960年代から制度化された。
その後、低金利を背景に資産運用の自由度を高めるため、段階的な見直しを経て1997年に撤廃された。



前述の通り、これまでは「日本だけが異常に低い報酬率の特殊な市場」だったのですが、最近ではこの運用報酬の低下はグローバルな現象となっています。その背景には、先ほど挙げた巨大な機関投資家による強烈な値下げ圧力(バーゲニングパワー)や規制当局による手数料開示の義務化、アセマネ会社同士の合併吸収による巨額化(規模の経済)、そしてIT化によるコスト削減など、いくつかの要因があります。しかし、業界全体の収益構造に最も大きな影響を与えたのが、他ならぬ「ETFの普及」だと思います。

ETF(上場投資信託)は、通常の投資信託に比べて流動性が圧倒的に高く、価格や保有銘柄の透明性が極めて高いという特性を持っています。これに加えて、アクティブ運用に対する不信感、つまり、アクティブ運用は長期でベンチマークに勝ち続けることは難しいという認識が市場に広がったこともあり、報酬率が低いETFへと世界中の資金が流れ込んだのです(後述の「現場経験から」をご参照ください)。

この結果、従来の投資信託も信託報酬の引き下げを余儀なくされ、ETFの存在はファンド市場全体の運用報酬を強制的に引き下げる、最も強力なトリガーとなったのです。


現場経験から|アクティブ運用への不信感
運用報酬低下の主要な要因のひとつに、アクティブ運用に対する不信感があるのではないかと私は見ています。
従来のアクティブ運用は、日本株であれば日経平均やTOPIXのように、市場全体をカバーした総合指数をベンチマーク(競争相手)としていたのですが、昨今では、ベンチマーク自体がどんどん細分化されています。例えば大型や小型といったサイズによる区分や、バリューやグロースといったスタイル毎にサブ・インデックスが次から次へと作られるようになりました。

その結果、より狭い範囲の中だけでアクティブ運用を行うことを強いられるようになり、超過リターン〈アルファ)を獲得する余地がますます狭まってしまいました。
従来であれば、市場環境に応じてバリュー色を強めたり、機敏に小型株へシフトしたりという自由度がファンドマネージャーにはあったのですが、それが出来なくなった結果、超過リターンを稼ぐ源泉が少なくなってしまったーーーこれがアクティブ運用の信頼が揺らぎ、報酬を引き下げざるを得ない、もしくはETFへ資金を移すことの遠因になったのではないかと考えています。


運用報酬の低下は、文字通り劇的です。特に債券の分野においては、他社との運用面での差別化が難しく、勢い「フィー(手数料)引き下げ競争」に巻き込まれがちです。そこで多くの運用会社が打った戦略は、成功報酬を基本とする「オルタナティブ運用」へ舵を切ることでした。

プライベート・エクイティや不動産を投資対象とするオルタナティブ運用の多くは、固定の基本報酬に加えて、高い成功報酬体系(パフォーマンス・フィー)を採用しています。さらに、これらプライベート資産は市場での流動性が低いため、基本的には5年、10年といった超長期投資が前提となります。運用会社側からすれば、短期的に解約されるリスクが小さく、長期にわたって安定したリターンと果実(報酬)を狙えるため、経営的にも極めて魅力的な領域なのです。

投資家の目線から見ても、このシフトは合理的です。ファンドマネージャーの腕前(アルファ)に依存する伝統的アクティブ運用に比べ、資産そのものが持つ「リスク・プレミアム※」が明確なオルタナティブの方が、高い報酬を支払う上での「納得感」が大きいのだと思います。

オルタナティブ運用は、こうした供給側と需要側の思惑の一致を反映し、その市場規模を加速度的に拡大させています。そして今では、従来の不動産やプライベートエクイティだけでなく、プライベート・デット(企業向けのローン)やインフラストラクチャーなど、投資対象の領域は広がり続けているのです。

※リスク・プレミアム:株式などリスクのある資産への投資に対して、投資家がそのリスクを取る対価として求める超過収益。リスク資産の期待収益から安全資産の期待収益率を差し引いて求められる。流動性リスクプレミアムや信用リスクプレミアム、複雑性リスクプレミアムなどがある。



運用報酬という対価の裏には、運用会社による「リサーチ」や、「ファンドの設定・運営」に伴うさまざまなコストが根拠として存在しています。しかし、AIの劇的な進化によって、これらのインフラコストや調査コストが今後どんどん低下していくことは間違いありません。そういった意味でも、運用報酬全体のさらなる低下は、もはや逆らうことのできない必然の流れなのだと思います。

先に述べたように、各運用会社は少しでも高い報酬水準を維持すべく、オルタナティブ運用の販売を強化しているわけですが、この領域にすら、すでに報酬低下の兆候が見られ始めています。これもまた、AIやIT技術の進化と無関係ではないでしょう。

資産運用業界は間違いなく「知識産業」です。その知識の価値(対価)である運用報酬が、理由は何であれ、低下の一途を辿ってしまうことには、現場にいた身として一抹の不安を禁じ得ません。しかし、これもまた、私たちが抗うことのできない「AI普及の波」の本質なのでしょうか。


本記事の要約

  • 運用会社にとっての収益源である運用報酬は、「5・3・3・2規制」の撤廃と、それに伴うバランス型から特化型運用への移行、そして巨大資産を有する機関投資家の出現により、世界的にも最も低い水準へと低下した。

  • さらに、ETF(上場投資信託)の普及がトリガーとなり、現在ではAIやITの進化も相まって、運用報酬の低下は今やグローバルな現象へと突入している。

  • 運用報酬の低水準時代を生き残るべく、運用会社は主力商品を、成功報酬と長期投資を特徴とするプライベートアセットなどのオルタナティブ運用へとその軸足を移しつつある。


▶「思考する営業×構造化」の全記事はこちら

▶「思考を深める補助線(コラム)」の全記事はこちら

▶「外資系アセマネの現場から」の全記事はこちら