営業の構造化アプローチ(第13回)
営業プロセスの初期ステージである「潜在顧客の探索(Prospecting)」。その有効なアプローチ手法のひとつが、自社開催イベントによる新規顧客との接点づくりです。
高級ホテルの会場を借りて大々的にセミナーを開けば、ブランディング効果や新しい顧客層の開拓が一気に進むと期待が高まるものです。
しかし、一歩間違えると、セミナー開催は単なる「主催者の自己満足」に陥るリスクを孕んでいます。多大なコストと時間をかけたにもかかわらず、その後の営業成果に全く繋がらないケースは少なくありません。
本記事では、30年超の法人営業で培った実務知見をもとに、イベント開催を「自己満足」で終わらせないための実務面の注意点や、次に繋げるための具体的なアクションを、2回にわたって分かりやすく解説します。
1.本記事の目的と効果
本記事は、イベント開催を営業案件に繋げるためのノウハウを凝縮した、2回シリーズの「前半部分(準備編)」です。
自社イベントの開催には、多大なコストと時間がかかります。だからこそ、「かけたコストと時間以上の効果(営業成果や顧客との接点)を、いかに多く引き出すか」が非常に重要なテーマとなります。
- 「イベントありき」の罠を避け、開催目的を明確にするためのアプローチ
- 「やりっぱなし」の自己満足化を防ぐための、確実なフォローアップ計画の立て方
- 営業構造化の視点から、開催「前」の準備ステージで取るべきアクション
2. セミナーの目的
定期的にセミナーなどのイベントを開催していると、次第に「イベントを開催すること自体」が目的化してしまい、本来の狙いが曖昧になりがちです。
イベント開催の一般的な目的は、営業構造化の観点から次の4つに分類されます。
- ブランディング(企業や技術の認知)
- 特定商品の宣伝(見込み顧客の獲得)
- ネットワーキング(関係性の構築)
- 啓蒙活動(潜在ニーズの掘り起こし)
実際のイベントではこれらが複合することもありますが、「今回の主目的はどれか」を1つ明確に決めておくことが成功の条件です。以下に、それぞれの目的における実務上の注意点を解説します。
❶ ブランディング
一言で「ブランディング」といっても、その対象は多岐にわたります。企業イメージ(社会貢献、過去の実績、将来のビジョンなど)を訴求するためなのか、商品に紐づいた情報(独自の技術力や導入実績など)を訴求するものかなど、「誰に、何を、どのように訴求し、どんな印象を持って帰ってもらいたいのか」を特定することが重要です。
ここが曖昧だと、見栄えが良いだけで誰の記憶にも残らないイベントになってしまいます。
❷ 特定商品の宣伝
商品レベルのブランディングであり、特定の商品の認知度向上や、直接的なリード(引き合い)獲得を目的とするものです。この場合、対象商品や参加者のターゲットを特定して考える必要があります。
- 対象は「既存商品」か、それとも「新商品」か?
- 参加者は「まったくの新規顧客」か、それとも「既に関係のある既存顧客」か?
商品の新規性やターゲットの成熟度によって、響く訴求ポイントや最適な訴求方法は全く異なります。
❸ ネットワーキング
イベント開催を通じて、顧客だけでなく業界関係者やパートナー企業を含めた、幅広い「接点」を獲得・構築することを目的とします。
この目的を掲げる場合、テーマ設定は参加者全員の「関心の最大公約数」になるような、業界のトレンドや共通の課題を選ぶのが一般的です。
加えて、セミナー単体で終わらせず、終了後のレセプションや懇親会など、自社にとっても、参加者にとってもネットワーキングに資する設計をすることが成功を左右します。
❹ 啓蒙活動
業界内でも珍しく新しい概念(新機軸)の商品・サービスを開発した場合に、啓蒙を目的としたイベント開催は有効な手段です。
ここでは、自社商品の有用性をいきなりアピールしません。まずは「なぜそのカテゴリー(市場)が今必要なのか」「顧客が気づいていない課題は何か」という市場やカテゴリー全体の啓蒙に徹する必要があります。
あえて自社商品の説明を最小限に抑え、新たな市場の重要性をロジカルに説明することで、顧客自身も気づいていなかった「潜在ニーズ」を顕在化させることがこの目的の本質です。
3. 事前の準備
セミナー等イベントの目的が明確になったら、次は開催までの「事前準備」のフェーズに入ります。
この準備次第でイベントの成否の9割は決まってくると言っても過言ではありません。目的だけが立派でも、事前の仕込みが甘ければ、当日のコンテンツが参加者の期待から大きくズレてしまい、結果として「自己満足」のイベントに終わってしまうからです。

a. 顧客ニーズの把握
イベントの目的に合わせて、参加予定者やターゲット層の「具体的なニーズ」を事前にヒアリングし、特定していきます。
事前に把握すべき内容(例)
「企業ブランディング」の場合
- 自社のどの部分が認知されていないのか
- 自社のどの部分にネガティブなイメージを持っているのか
「啓蒙活動」の場合
- 新市場のどの部分を知りたいのか(関心・疑問)
- 新しいカテゴリーが顧客自身にどのような効用をもたらすのか
これらは、日々の営業活動における顧客との雑談や、既存顧客への定期的なアプローチ、あるいは事前の簡単なアンケートなどを通じて集約していきます。
このように、顧客の声(課題・期待・ニーズ)を総合して、イベントで解決すべきテーマを明確に特定する作業からイベント準備が開始されます。
b. 事前の説明などの対応
セミナーの時間は限られています。限られた時間の中で、あれもこれもと情報を無理に詰め込んでしまうと、参加者が「消化不良」を起こしてしまい、セミナーが失敗に終わる原因になります。
消化不良を起こした読者は、「良い話だったけれど、自社にどう関係あるか分からない」と感じてしまい、その後の個別アプローチを拒否してしまうリスクが高まります。
ある程度の事前知識が必要なテーマである場合は、「できるだけ対象顧客への事前説明を個別に済ませておくこと」が非常に有効な対策となります。
事前対応がもたらす2つの効果
- 当日の理解度と深い納得感が担保できる(消化不良の防止)
- イベントへの参加意欲(期待値)を事前に高めることができる
また、イベントへの参加をより強く促す必要がある(ドタキャンを防ぎたい、前向きに参加してほしい)場合には、事前にイベントに関連する一部の資料を配布したり、営業担当から見どころを直接説明したりするなどの対応が求められます。
イベント当日を「初対面」の場にするのではなく、当日のイベントが「顧客の疑問を解消する場」として設計することが、セミナー成功の隠れたポイントです。
c. ゴールの設定
当日、予想を上回る集客が達成されたとしても、それだけでイベントが「成功」したと一喜一憂してはいけません。集客数はあくまで一つの通過点に過ぎないからです。
営業の構造化においては、事前に定めた「イベントの目的」に基づいて、「開催によって何を達成したいのか」という具体的な最終ゴールをあらかじめ設定しておく必要があります。本当の成功は、単なる当日の集客数ではなく、その後のフォローアップを通じて初めて達成される場合もあるからです。
例えば、ネットワーキングが目的であれば、業界のキーマンや既存・新規顧客の役員層との接触数(名刺交換や個別会話の数)をゴールとして設定することになります。また、新規商品の認知度向上が目的であれば、当該商品に関する説明書や目論見書の請求の件数を設定します。
このように、開催前に具体的なゴールを設定しておくことで、イベント終了後の「やりっぱなし」を防ぎ、確実に次の営業案件へと繋げることができるようになります。
d. フォローアップの計画
前述の通り、セミナー等のイベントの成否は、開催後の丁寧かつ迅速なフォローアップを通じて初めて達成されることになります。
しかし、多くの営業現場では、イベントが無事に終わった達成感から肝心のフォローアップが後手に回ってしまうという事態が頻発します。参加者の熱が冷めてからアプローチしても、次のステップには繋がりません。
このため、イベントを開催する前の段階で、以下のようなフォローアップ計画を「事前に」システムとして決めておくことが極めて肝要です。
事前に確定させておくべきフォローアップの3大要素
- どの顧客に(参加者、不参加者、役員層、外部関係者など)
- どんな内容を(フォローアップ情報、個別相談の提案、関連資料の送付など)
- どのような方法で(営業の直接訪問、電話、メール、広告など)
4. 私の現場経験から(コラム)
現場経験から
当初は明確な目的を持ってスタートした自社セミナーも、開催が「定例化」していくうちに、いつの間にか「開催すること(やること)」自体が目的になってしまうケースが珍しくありません。
イベントの開催自体が目的化したことによる弊害として、私がよく遭遇した問題は次の2つです。
1. 当日の運営にばかり議論が集中してしまう
2. 開催目的に「ブランディング」が安易に使われてしまう
私の経験では、「どこの会場にすべきか」、「開催の時間帯は何時頃が妥当か」、「ランチやお土産は用意するか」、「レセプション(懇親会)は設定すべきか」等、運営に関する課題が主な議論対象となってしまいました。もちろん、こうした項目も運営上は非常に重要です。しかし、肝心な「そもそも何のために開催し、どこをゴールとするのか」の設定なしでは、集客すること自体が目的になってしまい、本末転倒になりかねません。
そしてもう一つ、私がもっとも危惧したのは、形骸化したイベントの「都合の良い言い訳(代わりの目的)」として「ブランディング」という言葉が使われたことです
イベントの目的が「ブランディングです」と言われたときは、ある意味、「目的が設定されていないことと同義」であると私は感じていました。
それは「ブランディング」という概念が非常に幅広く、どのような目的であっても、最終的にはその枠の中に無理やり入り込んでしまう(正当化できてしまう)からです。漠然と「ブランディングが目的」と設定されたイベントのほとんどは、具体的な対象や、それによって顧客に「何を想起してもらいたいのか」の設計が極めて不明瞭でした。
業界によっても状況は異なりますが、私が在籍していた金融業界は、厳しい規制業種であることに加え、無形材ゆえに、商品のデザインや機能美による差別化が極めて難しい世界です。そのため、本質的なブランディング自体が非常に困難であるという側面もありました。
だからといって、安易に「ブランディング」という抽象的な言葉に逃げてはいけません。
当記事で解説したように、「今回のイベントにおける具体的な目的とゴール設定」を徹底することが、定例化の罠に嵌らず、営業活動として息を吹き返させるための唯一の処方箋だと信じています。
5. まとめ
セミナーやイベントを開催する上で、最も避けるべきは「イベントありきで始まり、やりっぱなしの自己満足で終わらせてしまう」ことです。
イベントの目的を曖昧にせず、その目的に沿って、イベント開催前からイベント実施後までの全工程の運営計画を事前に設定しておくことが、イベントへの投資や時間を無駄にせず、確実な営業案件へと昇華させるための最善の防衛策(成功の方策)となります。
連載第13回となる本記事では、イベントを実施するまでの「目的の明確化」と「事前の準備」というイベント実施プロセスの「前半部分」に焦点を当てて解説しました。
次回の記事(後半部分)では、イベント実施後のステージにスポットを当て、当日の運営における留意点や、開催後のフォローアップを具現化する具体的なアプローチ方法について解説します。
事前の仕込みを確実に営業成果へと繋げるために、ぜひ次回の後半記事も合わせてご覧ください。
▼ 営業の構造化アプローチを体系的に学ぶ
本記事は、営業プロセスを構造化し、再現性のある営業成果を実現するための連載シリーズです。初期フェーズから解約防止に至る全プロセスの全体設計図は、以下の一覧ページにすべてまとめています。

