掛け算思考ーーー。
営業の成果は「量」と「質」の掛け算で決まる、これは多くの営業パーソンが一度は耳にしたことのある考え方でしょう。どちらかが「ゼロ」であれば、掛け算の結果である営業成果も当然「ゼロ」になります。したがって、営業では「量」も「質」もどちらも欠かせない要素だ、ということです。
しかし、この掛け算思考は単なる「質×量」というシンプルな話にとどまりません。営業という仕事は、複数の要素が相互に影響しあいながら成果を形作る「構造的な営み」です。だからこそ、営業には、この「掛け算思考」がよくフィットします。
資産運用の成果を構成する3要素の掛け算
私がこの「掛け算思考」の重要性に気付いたのは、実は営業の現場ではなく、私が従事していた資産運用の世界からの教えでした。運用手法のなかには、ベンチマーク(指標となる市場指数)を上回る収益率の獲得を狙う”アクティブ運用”というものがあります。このアクティブ運用の成果は、次の3つの要素の掛け算で決まるとされています。
① 情報係数(IC): 運用者の事前予測がどれだけ当たるかという的中率
② 伝達係数(TC): 予測した内容がどれだけ実際の運用に反映されているか
③ 意思決定回数(BR): 独立した投資判断の回数、具体的には投資対象とする銘柄数
つまり、アクティブ運用者の成績は、①運用者の予測精度、②その予測をどれだけ運用に落とし込めたか、③投資判断の回数、のすべてに影響を受けることになります(③については、正確には投資判断の回数そのものではなく、回数の平方根が使われます)。
資産運用に馴染みのない読者のために、少しだけ補足します。
①の情報係数(IC)は運用者による予測精度を数値化したものです。運用者がどれくらい「質の高い情報」をもっているかによって、予測精度(的中率)が影響を受けることから「情報」係数と呼ばれています。また、どれだけ正確に予測できたとしても、それが実際の運用(ポートフォリオ)に反映(伝達)されていなければ、結果にはつながりません。このため、②の伝達係数(TC)が重要になってきます。そして③意思決定回数(BR)は、単なる数の多さではなく、独立した判断を重ねるほど、統計的にノイズが薄まり、運用者の本来の実力(IC)が成果として顕在化しやすくなります。
営業成果への敷衍
この式の構造を見たとき、私は直感的に「これは営業成果の構造とまったく同じだ!」と思ったのです。上の3要素を営業に置き換えてみましょう。各係数の名称も私なりに考えてみました。
- 仮説係数:「思考の質」… 顧客の潜在ニーズの理解度や提案の質など
- 遂行係数:「仮説の遂行度」… 仮説に基づく営業戦略が現場でどれだけ実行されているか
- 顧客数・訪問頻度:「営業の量」… 顧客カバレッジ数やコンタクト数
❶ 仮説係数
営業担当者個人の「思考の質」(①仮説係数)が高まれば、的中率である成約率が向上します。思考の質の重要性については、当ブログのメインテーマでもあり、改めて強調するまでもないでしょう。高品質な情報を入手することで、顧客の背後にある本質的な課題を正確に捉え、仮説として組み立てるという能力です。
❷ 遂行係数
どれほど精度の高い仮説(=思考の質)をしたとしても、それが現場で実行されなければ成功にはつながりません。ここで重要になるのが「遂行度」(②遂行係数)です。遂行係数とは、個人が立てた仮説や戦略が、どれだけ損なわれずに組織として実行されているかを示す指標になります。営業の現場では、優先順位の乱れ、属人的な判断、組織体制の不整合など、さまざまな摩擦が存在するため、仮説の質が実行段階で劣化してしまうことが多いのです。だからこそ、組織側が仮説の遂行を担保する体制を整えていることが不可欠になります。このように、遂行係数とは、個人の思考の質を、組織として成果に変換するための伝達効率を高める構造的な仕組みでもあります。
❸ 顧客数・訪問頻度
そして、どれほど質の高い思考(営業)をしていても、「営業の量」(③顧客数・訪問頻度)が少なければ、営業成果は安定しないことになります。ここでいう「営業の量」とは、単なる顧客数や活動量の多さを指しているわけではなく、むしろ思考(営業)の質を成果として確実に回収するための仕組みと捉えるべきでしょう。営業活動には、偶然の要素やノイズが混じります。例えば、担当者が異動した、市場環境が一時的に悪化した、たまたま顧客の予算のタイミングが合わなかったなど、こうしたノイズは、どれほど質の高い提案をしても避けられません。しかし、接点数が増えるほど、これらの偶然のノイズが平均化され、営業担当者が持つ本来の実力(=思考の質)が顕在化します。その結果として、営業成果が安定しやすくなります。
このロジックは、まさに当ブログで繰り返し述べている「営業担当者個人と組織のシームレスなプロセス構造(構造化アプローチ)」、つまり”構造×思考”そのものです。残念ながら、この3つの要素を数値化するのは難しいのですが、決して抽象的な概念ではなく、構造化アプローチによって具現化することは可能だと考えます。

まとめ
営業を構成する要素は独立しているわけでなく、互いに掛け合わされながら成果へと至ります。どれか一つが突出していても、他の要素が弱ければ成果は伸びません。逆に、複数の要素が一定水準を超えて揃ったとき、成果は一気に跳ね上がります。
このように営業は、「どの要素を、どのように掛け合わせるか」という構造的な思考が求められる仕事と言えるでしょう。営業担当者による思考の質×思考を組織の中で実現する体制×思考する機会の掛け算構造を理解し、どの要素が機能していないのかを常に検証しながら強化を図る、この思考が営業の再現性を高め、成果を持続的に高めるための必須のアプローチだと私は信じています。


